keigo 思いつき

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2005年 07月 07日

韓国社会の閉鎖性


これはイウオンボク氏の「コミック韓国コリア驚いた」からの引用です。

韓国人が外国でちょっとでも理不尽な扱いを受けたと知ると徹底的に相手国を批判するが、韓国内で在韓外国人が韓国人から不当な扱いを受けても当然のことと思う。

韓国を非難する外国の言論には些細なものでも激昂するが、日本に原爆を落として日本をやっつける小説「ムクゲノ花が咲きました」がベストセラーになる。

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日本で韓国の面子をちょっとでも傷つける発言があると国民政府こぞって猛抗議してくるのに、韓国の反日デモでは日本の国旗を燃やしたり踏みつけにしたり、破ったりすることに何のちゅうちょもためらいもない。自分の面子を徹底的に押し付けるが相手を尊重しないというのがスタンダード。

要するに自分に甘く他人に厳しい、行動の動機が客観性がなく主観的である。
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# by keigo245 | 2005-07-07 01:35
2005年 01月 08日

中国と朝鮮の册封関係

韓国人の皆さん、一般に韓国人は中国と朝鮮の関係をこんな風に
教えられていませんか?


中国と朝鮮の册封関係

「朝貢」という名で方物(みつぎ物)を贈らなければならないが、
中国皇帝からのお返しである回賜(頒賜)のほうが量が多かった。

清が三年に一度の朝貢を求めたのに対して、朝鮮側が一年に三度の
朝貢を願い出たのも、そのためである。


結局、冊封関係とは、一種の不平等条約の締結であり、その不平等
さは、実利や実害をともなわない形式的なものにすぎなかった。

その効用は、双方にとって平和が保たれること、朝貢国側にとって
は国内的に権威を高められること、中国側にとっては自尊心を満た
し、世界の王者であることを示せることであった。

中国側にとっても、朝貢国が独立した存在でなければ意味がないこ
となのであり、これを近代的な意味での植民地と考えることはでき
ない。




しかしこれは下の記述と明らかに矛盾しますよね。




『「日帝」だけでは歴史は語れない』呉善花


朝貢国・朝鮮は莫大な出費を強いられた返礼がない時もあった。


17世紀半ば頃の記録によれば李氏朝鮮は毎年清に、

金100両、
銀1,000両、
白米10,000包、
絹布2,000匹、
苧布(チョフ:麻の一種)300匹
亜麻布10,000匹、
大麻布400匹、
精大麻布100匹、
大紙2,000張
入1,000巻、
小紙1,000巻、
鋭刀2,000振、
水牛角1,000本、
模様花莚(ムシロ)50張、
染料200斤、
胡椒10枡、
虎皮100張、
海狸(カイリ=ビーバー)皮400張、
蒼鼠(ソウソ)皮200張
を貢納していた。

これに対し、清も見返りとして、贈り物を朝鮮国王に下賜したが、
何かと理由を付けて停止したり、逆に罰金を課したりした事もあっ
た。

例えば、挨拶状の文章に礼を失した文字があるとして、罰金、
銀1万両貢納の見返り停止3年の処分にあった事もあった。

こうなると国庫はいっきに苦しくなってしまう。

また、清の使節をもてなす際の食卓に出す金銀の食器は
使節が持ち帰る慣例になっていたから、朝貢国としての李朝は、
毎年、莫大な出費を必要としたのである。





韓国人は教育で国家に騙されていた事に気づきましたか?
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# by keigo245 | 2005-01-08 02:48 | 未分類
2005年 01月 06日

Honda創業者 本田宗一郎の小話

本田技研の創業者、本田宗一郎氏が技術支援の為に、
台湾と韓国へ技術支援に行きました。




しばらくして台湾から、

「日本と同じものが作れるようになりました。是非見に来てください!」

と連絡が入りました。

本田は技術支援をした甲斐があったと大変喜びました。




そしてしばらくして韓国からも連絡が。

「日本と同じものが作れるようになりました。もう来なくてもいいです。」

本田は落胆しました。




それから間も無く、
韓国は本田とのライセンス契約を一方的に解消し、
エンジンからデザインまで全くのコピー品を”韓国ブランド”
として販売を始めました。




本田宗一郎氏は大変失望してこう話したそうです。

「韓国とは絶対に関わるな」




これは小話ですが、実際、戦後からつい最近に至るまで、
経営者の中には、日本が戦前戦中を通じて、
中国朝鮮にひどい事をしたんだという思いを持つ人が多く
個人的に贖罪しなければならないという気持ちで、
無償かそれに近い形で、中国韓国に技術指導や製造機械の
譲渡などを行ったという話がよくあります。

厚木ナイロンや松下電器、三洋電機の経営トップが同様の
話をしている事が報道されていた事もありました。

現在では経営と資本が分離されて、経営のトップといえど
も企業に損害を与える行為をすれば、株主代表訴訟などで
責任を追及される事になるでしょうが、1900年代には
まだ経営と資本の分離が明確でなく経営トップの個人的
心情や信念で会社の利益の源泉である核心技術を簡単に
将来のライバルになるであろうという考えもなく中国や
韓国に渡してしまう事があったようです。

日本企業では技術自体が財産であるという知的所有権の考
え方が理解されるのが欧米に比べてかなり遅かったという
事もあるのでしょう。
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# by keigo245 | 2005-01-06 17:51
2005年 01月 06日

朝鮮総督府時代と李承晩政権時代の安定度比較


 
伊藤博文を暗殺した安重根をはじめ、
テロリストを英雄視する戦後の朝鮮半島の民族英雄観は、
じつに野蛮で悲劇的、そして矛盾だらけでもある。

たとえば、総督府時代以来の民族運動の指導者は戦後、
呂運亨、金九をはじめ、ほとんど暗殺や虐殺、連行、死刑の運命にあい、
あまりにも悲劇的な死をとげているが、この事実をどう考えるのだろうか。

そのような朝鮮半島の厳しい政治的現実は、総督府時代と比べて、
どう説明するのであろうか。

朝鮮近現代史研究者は、李朝時代の社会、総督府時代の社会、
今日の社会をもっと比較研究すべきではないだろうか。




たとえば、同じ宗教問題の南次郎総督の神社参詣強制と、
大院君の異教徒虐殺とは、まったくその次元が違うとはいえ、
その弾圧を比較するとどうなるだろうか。

李朝は19世紀に入ってから、カソリック教徒への激しい弾圧を続けた。

たとえば1801年の「辛酉教獄」で、
清国人宣教師の周文謨をはじめ三百余名を処刑した。

1839年の「己亥教獄」では、アンペールら三人のフランス人宣教師をはじめ
二百余人を処刑、1846年の「丙午教獄」では、金大建ら二十余人を処刑した。

1866年の「丙寅邪獄」では、プルマーをはじめとする九人のフランス人宣教師
と南鐘三ら数千人のカソリック教徒を逮捕、処刑した。

また1865年からの三年間、
約八千余人のカソリック教徒を処刑という弾圧政策をとった。

片岡次雄の「李朝滅亡」によれば、この後の六年間、
漢城府(ソウル)では千人以上のカソリック教徒が殺害され、
全国では数万人の信徒が殺害もしくは収監された。




たとえば同じ光州事件でも犠牲者の数は桁違いだ。

総督府時代の光州事件は、ただ日本人と朝鮮人通学生のケンカから起こった、
いわゆる「民族差別」による朝鮮人の反日騒ぎにすぎなかった。

しかし、1980年5月に起こった光州事件は、市民二千人が虐殺され、
三千余人が負傷したと告発されている。

それは国家を防衛すべき自国の軍人が自らの市民に銃剣を向けたもので、
二人の元大統領が、歴史的審判を受けたのは周知のとおりだ。




私は中国の文豪、魯迅がけっして好きなわけではないが、
彼のセリフの「ものは比べなければわからない」
という一句だけは好きである。

では、朝鮮総督府は、いったい朝鮮半島で何をやってきたのか、
仮に日帝が「五十年支配」を行なったとしても、李朝の5百余年間、
戦後の南北分断五十年間と比較をしてみたらどうだろうか。

「搾取」「迫害」「虐殺」「抑圧」「弾圧」だけであったという見方は、
ただ歴史歪曲そのものであろう。




黄文雄著:「歪められた朝鮮総督府:だれが“近代化”を教えたか」、光文社刊
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# by keigo245 | 2005-01-06 00:36 | 未分類
2005年 01月 02日

韓国のサムルノリは現代の創作芸能


昨日NHKでサムルノリが紹介された。

その時の解説では、サムルノリは韓国の伝統芸能で、
田植えの時に日本の田楽のように、踊られると紹介された。

しかし実際音を聞いてみると、古さが感じられない。
現代的な乾いた音である上に、何となく中国風であり、
また何となく中東風でも有る。

伝統音楽にはそれぞれ独自の旋律が有る。
雅楽、琉球民謡、津軽三味線、それぞれ独特の旋律と音階が
有って、一度聞いただけで直ぐにその特徴が解るはずだ。

しかしサムルノリには朝鮮独自の旋律も音階も感じられなかった。

そこでサムルノリについてどのように解説されているか調べてみた。




或るサムルノリのCDの解説文

興奮のるつぼへと導く、韓国伝統打楽器の宇宙的音楽空間。

サムルノリの音楽の基盤となっているものは、
韓国の民衆が千年以上に及んで支えてきた農楽です。

太陽、月、星、そして人間からなる小宇宙を表現する韓国特有
の打楽器が創り出す躍動的なリズムは、聴衆を興奮のるつぼへ
と導いていきます。




或る教育関係のサイトから

『サムルノリ(四物遊撃)−サムルノリとは韓国の現代語では、
韓国の伝統的な民族楽器のうちの、 4種類の打楽器のみ
(四物=サムル)を使用し、演奏(遊撃、遊び=ノリ)するもの」
という意味です。』




或る在日朝鮮韓国人のサイトから


朝鮮半島には「サムルノリ」という打楽器合奏の伝統音楽があります。
農楽や巫楽などに使われ、アクロバティックな奏法をからめながら
野性的に盛り上がっていくビートが、一種のトランス感をもたらします。

サムルノリとは「四物演奏」という意味で、通常は以下の打楽器を指しています。

ケンガリ: けたたましい音を出す小銅鑼で、合奏全体をリードする聖なる楽器。
チン: 余韻が凄い大銅鑼。
チャンゴ: 大きめ両面太鼓で、曲芸的に両手をクロスさせながら叩いたりする。
プク: 小さめの両面太鼓で、基本ビートを担当する。

祭礼的な音楽です。





或る大学のサイトから

朝鮮の代表的な伝統民俗楽器に、

チャンゴ(杖鼓:砂時計型の太鼓)、ケンガリ(小金:鉦)、
チン(銅鑼)、プック(太鼓)

があるが、この四つの打楽器は「サムル(四物)」と呼ばれてきた。

前近代にそれらの楽器を演奏していたのは、主にクァンデ(広大)
という旅芸人たちで、彼らの身分は賎民だったが、自由な人々だった。

サムルの後ろの「ノリ」は「遊び」という意味で、一般的にサムルノリとは
上の四種類の打楽器で演奏される音楽のことをいう。

実はこのサムルノリは、1978年に韓国で結成されたパーカッションの
グループ名で、それ以来、その打楽器の四重奏をサムルノリと呼ぶよう
になったそうだ。


そして今やサムルノリは世界的に有名な韓国の民俗芸能となっている。




在日朝鮮系サイトから

朝鮮半島古来の打楽器—チャンゴ、ケンガリ、プク、チンをアンサンブルとして
まとめた「サムルノリ」を創案し、広く普及してきた南の金徳洙氏が、.....

70年代、サムルも経済開発の影で、庶民の生活からどんどん無くなっていった。
伝統的で民族的なものが無くなるということは、民族の精神、霊魂が消えていくこ
とだったので、強い危機感を覚えた。

伝統楽器を現代的に発展させた、サムルノリという新しいのぼりを作ったのは
このためだ。





韓国文化を紹介するサイトから

サムルノリはどうやって生まれたの?

1978 年に結成された「サムルノリ」という四人組のグループが、クェングァリ、
ジン、プッ、チャングの四つの打楽器で演奏を行い、
新しい音楽のスタイルを作り出した。

彼らが有名になったことで、この4つの打楽器を使って4人で行う演奏を
サムルノリと呼ぶようになったのだ。





或るサムルノリ演奏家のサイトから

サムルノリとは、韓国古来から伝わる四種の打楽器、
ケンガリ(小金)、チン(大金・ドラ)、チャング(杖鼓)、プク(鼓)
で演奏することを言います。
四物と書いて韓国語で“サムル”。“ノリ”は遊びとか演奏するとか英語のPLAY
の意味に該当します。

サムルノリはもともと、韓国の放浪芸能集団「男寺団」の最後の世代である
金徳洙、金容培、李光壽、崔鍾實先生方で結成されたグループ名で、

今ではその音楽や演奏形態を指す普通名詞として韓国はもちろんの事、日本や
アメリカ、ヨーロッパ各国で演奏されるほどポピュラーになっています。




さてこれらの中にはサムルノリを伝統芸能と紹介している物も有りますが、

情報をまとめてみると、

サムルノリは四つの朝鮮の伝統楽器を使う。

しかしサムルノリ自体は、1978年に、金徳洙、金容培、李光壽、崔鍾實
の4氏によって創作されたまったくの現代の音楽である。

サムルノリという言葉自体がこのグループの名前であり、そのまま
彼らが演奏したスタイルそのものをサムルノリというようになった。

つまり、サムルノリは、伝統的な衣裳と伝統的那楽器を使って行われているので、
一見伝統芸能のように見えるが、実は20数年の伝統しかない創作現代芸能である。




但し、旅芸人で、身分は賎民だった、クァンデ(広大)や放浪芸能集団「男寺団」
と言われる人々が伝統芸能をしていた事実は有る。




以上が韓国の創作現代芸能サムルノリについてのまとめです。

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# by keigo245 | 2005-01-02 22:49 | 未分類
2004年 12月 08日

韓国人にとって東郷元帥が李舜臣を評価したということの意味

実は此のことはフィクションであって事実ではないの
ですが、韓国人はよく東郷元帥が、李舜臣を評価した
ということを誇らしげに言います。

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東郷元帥が李舜臣を評価したと言うことの意味合いは

日本人なら、

評価する能力のある人すなわち、東郷元帥は客観的に
事実を判断分析することのできる優れた海戦の専門家
だということで、むしろ東郷元帥の評価を高くすると
思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ところが韓国人は、

東郷元帥が、李舜臣を評価したということは、
東郷元帥と李舜臣の2者の関係になってしまうのです。

韓国社会では、相手を認めるとか評価するとか言うこ
とは、自分と相手との人間関係で、自分が相手より下
位に有るということを認めたことになるらしいのです。

つまり東郷元帥が李舜臣を認めたということは人間関係
で、東郷元帥が李舜臣の方が自分より優秀で有ると認め
たことになるのです。

すなわち、日本人が韓国人の方が日本人より優秀である
ことを自分から認めたことの実例になるらしいのです。


だから此れほど此の件に執着するのです。

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ところが日本人はそのような解釈はしません

たとえば日本映画かハリウッドで評価されたとか、
イチローがメジャーリーグで評価されたとか言えば、

評価する側の方が価値があって、そこで評価されたとい
うことは評価された側にも同等の価値があるということで
対等とは思うけれども、

評価した側(アメリカ)が評価された側(日本)より下に
なるとは考えないでしょう。

つまり日本では

評価する人=評価される人

な分けです。

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それが韓国人の解釈になると、

たとえば韓国映画が日本で評価されたというと、日本人が
韓国映画の素晴らしさに圧倒され、ひれ伏したというよう
な感覚になるようなのです。

つまり韓国で評価という行為は

評価される人>>>>>>評価した人

と言う上下関係を絶対化する行為になるのです。


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だから、どんなに日本側が、日韓併合の良い面を
強調しても絶対に韓国人は認めようとしないのです。

日韓併合の良い面を認めればそれは韓国人が日本人より
下位で有ることを認めることになってしまうのです。

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日本社会のように物事の良い面と悪い面の両方を認めるとか、
此の部分では認めるが、此の部分では認められないとか、
分析的に評価することができないのです。

常に白か黒か、100パーセント正しいか、100パーセント
間違っているかしかないのです。

韓国社会で生きていくということは、他者を絶対に認めな
い。

むしろ自分が優位に立つために他者を否定して、反対にど
んなことをしても自分を相手に認めさせなければならない
と言うことなのです。

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# by keigo245 | 2004-12-08 01:23
2004年 12月 08日

朝鮮が日本に文化を伝え、朝鮮戦争で日本が発展した


百済が日本に文化を伝え、
朝鮮戦争で日本は発展した、

韓国人は日本人に恩を着せるためによく言います。

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では現実はどうか?

百済が盛んに日本に博士や僧を派遣したのは別に日本に
善意で行ったことでは有りません。

百済は自らの生存をかけて、日本の軍事援助を得るため
に何とか日本の歓心を買うために、
その代償として当時の最先端技術を日本に渡したのです。

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朝鮮戦争ではどうでしょう?

朝鮮戦争で日本は米軍に物資を供給して利益をあげまし
たが、もし日本という供給基地が無かったら朝鮮戦争で
米軍が勝利できたでしょうか?

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此の二つの件を考えてみるとつまり

日本にとって先端技術を得ることや、経済の復興は国の
存亡を賭けた一大事では有りません。

先端技術はいずれ直接中国から手に入れることができた
でしょう。

又経済復興は多少遅れれても可能だったはずです。

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しかし朝鮮はどうでしょう、

百済にしろ韓国にしろ朝鮮は存亡の危機に直面していた
ということです。

日本と朝鮮いったいどっちにとって大きな問題だったの
か?

つまり日本は朝鮮が無くとも死にはしないが、朝鮮は
日本が無ければ存在そのものが危機的状況にあったの
です

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此のような状況で日本と朝鮮いったい何方が、余裕が
有って優位に立っていたのか?

いったい何方が、より大きな危機に直面して相手に
依存していたのか?

答えは明白でしょう。

朝鮮は古代も現代も国家の存亡の危機を回避するため
に、日本の軍事力、産業力に依存していたのです。

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# by keigo245 | 2004-12-08 01:18 | 未分類
2004年 12月 01日

日本はこれ以上北朝鮮に関わるべきでない

脱北者が日本で亡命政権を樹立というnewsが有ったが全くばかげたことだ。

亡命政権なら同じ民族である韓国に作るのが筋だろう。

反日民族がどうして嫌いな日本に作る必要が有るのか?

崩壊後に大量に日本に亡命するための受け皿にしようという魂胆なのだろうか?

背後にはRENKや李英和がからんでいるような気がする。

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そうでなくても日本国は韓国政府から棄民された
大量の在日朝鮮韓国人を受け入れて、
日本国民と同等の社会保障を与えている。

そして彼らの圧力団体の行動によって
日本社会全体が多大な迷惑を被っているのに、
これ以上日本社会が朝鮮韓国人に迷惑をかけられるのは御免だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

尤も在日朝鮮韓国人の行動を見ていれば、彼らは好き嫌いに関わらず
利用できれば何でもいいというのが本心だろう。

日本人のようにウエットでない。もっとドライな連中である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

基本的に中国朝鮮韓国人には、民族を第一に考えるから
国籍というものに特別の思い入れが無い。

彼ら畑作牧畜民族は、草が有るところを求めて移動し、
家畜が草を食べ尽くしたら別のと心に移動する。

この生活スタイルをそのまま国家と国民の関係に当てはめている。
自由に国籍を行き来できると考えている。

農耕民族である日本人のように、自分の土地を大事にして、社会参画して、
自分たちの手で社会を作り上げてきたという意識がない。

在日朝鮮人で東大教授の姜尚中も、自著の中で、
在日朝鮮人が日本と朝鮮の間で国籍を自由に行き来できるようにするのが
理想だと言っていた。

社会の義務を果たさずメリットだけを享受して、
日本からアメリカ、カナダ、オーストラリアと
都合の良い社会を渡り歩いていく。

そのためにその社会が疲弊したら、より豊かな社会を求めてまた移動していく。

悪く言えばイナゴの大群のようにえさの有るところに群がって、
食べ尽くすと又別のえさを求めて移動していくようなものである。

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一時期多民族国家が良いように言われていたことが有ったが、
現代では多民即国家がことごとく問題を抱えている。

ボスニア紛争も、チェチェン紛争も、統べて多民族国家内部の
民族差別が引き金になった。

イギリスフランスドイツなど旧植民地からの移民に寛容な政策を採ってきた
国々ではことごとく雇用問題や社会不安、移民排斥、貧民の増加
時には宗教絡みの殺人まで起きている。

日本社会がこれらの国の轍を踏んではならない。

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日本が海を隔てて遠く離れた北朝鮮の問題に深入りする必要はない。

北朝鮮の問題は国境を接する隣国、中国韓国ロシアに任せておけば良いのである。

これら三国にとって北朝鮮問題はまさに当事者である。

一方日本から見て、海を隔てさらに韓国の向こうに有る北朝鮮の問題において
日本は当事者ではない。

北朝鮮の今日の現状は北朝鮮自身が招いた結果であり、
日本政府にも国民にもなんの責任もない。

まして、財政赤字の増大で、国民に増税を強いるような状態の日本が、
他国にくれてやる金などないはずだ。
そんな金が有るならまず国内の、保険や年金に廻せ
というのが血税を納める国民の心情だろう。
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# by keigo245 | 2004-12-01 04:32
2004年 11月 30日

韓国の小学校歴史教科書を読んで

先日図書館で見つけた
韓国の国定韓国小学校社会科教科書を読んだけど
此れは駄目ですね、

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たとえば、李奉昌義士

李奉昌義士は日本の国王が乗った馬車に爆弾を投げたが失敗した、
逮捕されて殺された、

とありますが、

裁判で死刑判決を受けたとはかいてない、

此れでは判断力の無い小学生が読めば、
暴行されて殺されたと思うでしょう。

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伊奉吉義士

伊奉吉義士は、弁当の中に隠し持った爆弾を、記念式場に向かって力強く投げた
爆弾が爆発して日本軍司令官を始め、何人かの重要人物が、死に重傷を負った、
伊奉吉義士は、現場で逮捕され、日本で殉国した。

此れも裁判で死刑判決を受けたとは書いてない。

しかも殉国した、と祖国のために殉じて死んだと美化してある。
目的が正しければ、手段や結果は問わないということです。

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これらの事例は今更言うまでも無い、
此れまでも散々NAVERや2chで指摘され続けたことですが、
自分が直接韓国の歴史教科書を読んでみて改めて、
此れは駄目だなと思いました。

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韓国人がこんな主観的な歴史認識をしているのに、
共同歴史認識を持とうとか、共通の歴史教科書を作ろうとか言うのは
一方的に韓国の主観的歴史認識を日本が受け入れるべきということなんでしょう。

こういうことを日本側でも主張している人がいますが、
要するに、日本人は誇りを捨てて、韓国人に従属しろと言っているのと同じです、

自立した人格と、独立した自我を持つ人間であれば、
一方的に他者の主観を受け入れることなど
正常な精神状態ではあり得ないでしょう。

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個々の民族や国家の文化や歴史の違いをお互いに認める、
多様性が強調される時代にどうして日韓の歴史観だけが、
多様な価値観を否定して、一つの方向
つまり韓国主観の歴史観に決められなければならないのか?

明らかに時代に逆行する態度だと思います。

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共通の歴史教科書とか共同歴史認識を推進する立場の人たちは
一つの価値観でしか物を見ることを認めない
自由主義的でも民主主義的でも無い、
全体主義的な方向に進めようとしているとしか言えません。

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韓国人の意識が変化しない限り、日韓の将来は暗いものになると思います。

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# by keigo245 | 2004-11-30 17:57 | 未分類
2004年 11月 23日

NHK

11/22(月曜日)のNHKニュース10は醜悪だった。

22:10ごろから22:20ごろまで10分近くAPEC出の日中首脳会談を
伝えたにもかかわらず内容はすべて靖国問題だけで、中国原潜の領海侵犯や、
日本経済水域近くの中国ガス油田問題に対する中国側の対応を
いっさい伝えなかった。

靖国問題については微に入り細に入り中国側の立場や見解を伝えていた。

いったいどこの国の放送局なのか?

日本のマスコミは比較的中立といわれていたが、
今ではどこもメディア権力と化して、
己の主観の垂れ流しになっている。

しかもメディアのほとんどが反日で一貫していることが恐ろしい。

マスコミは以前は、国民世論の代弁者のような立場だったが、
ネットで市民が直接意見を表明できるようになってからはむしろ、
マスコミ自身が実は権力であったことが明らかになった。

ネットをチェックすれば国内マスコミに報道されない内容でも知ることができる。
それで国内マスコミがどんなに偏向していたのかようやく一般市民にも見えてきた。

以前はマスコミが世論の代表のような顔をして、政治を批判していたが、
今は我々市民一人ひとりがマスコミを監視して批判することができる。

ネット時代の市民は、マスメディアの世論誘導に乗らず、自分で情報を選択して、
主体的に判断できる能力を身に付けなければならない。
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# by keigo245 | 2004-11-23 04:45